2013年12月1日〜15日
12月1日 キアラン 〔未出・マギステル〕

 当初の目的は消えましたが、シンデレライベントの仕事はしなければなりません。
 K様を誘うためにプリンス役で出ることになっていたのです。

 衣裳部屋に入っていき、モーツァルトのような衣装をつけていると、サー・コンラッドが入ってきました。

「やあ、王子様」

 サー・コンラッドも王子の衣装を着ています。

「シンデレラは来ませんよ」

「ん?」

「たぶん、いまごろ帰り支度でもしてるんじゃないですか」

 サー・コンラッドはけげんそうな顔をして、

「さっき、控え室でドレス着てたけど」


12月2日  キアラン 〔未出・マギステル〕

 おどろいて、女装用の控え室に行くと、きらびやかな貴婦人のドレスを着たK様が緊張した顔をして出番を待っていました。

「出られるんですか?」

 K様は見返し、うなずきました。

「出なくてもいいんですよ。この役はダブルキャストなんで、ほかのお客様が代役をしますから」

「出る」

「――」

「もう、メソメソ泣くのいやなんだ」

 彼は硬い顔で微笑みました。

「おれだって、よその世界も見ないと。もっと、キアランのことも、知りたいし――」


12月3日 キアラン 〔未出・マギステル〕

 シンデレラは三部構成になっていて、それぞれ配役が違います。

 最初の虐待のシーン、そして舞踏会のシーン、最後の使者がシンデレラを見出し、王子と結婚するシーン。

 K様は舞踏会のシンデレラです。サー・コンラッドはそのシーンの王子役をとっていました。

 本来わたしが出るはずだったのですが、客の応募があった時は客が優先されるのです。

 今日のシナリオでは、舞踏会でシンデレラを見初めた王子が寝室に連れ去ります。


12月4日 キアラン 〔未出・マギステル〕

 K様はタグつきなので、レイプされることはありませんが、サー・コンラッドが素直にそれに従うとは思えません。

 わたしはサー・コンラッドに言いました。

「くだらない勝負はやめましょう。あの子はまだ遊べるほど立ち直ってませんよ」

「だから、慰めてやらなきゃ」

 サー・コンラッドは意に介しません。

「他人のぬくもりが傷をうめることもあるだろ」

「惚れたんですか」

「ああ。そうだよ」

「……」

 この男は息をするように恋をするのです。
 話になりません。わたしは友人に電話しました。


12月5日 キアラン 〔未出・マギステル〕

「おお、あれは――」

「なんと美しい。どこの姫君だ」

 端役の客たちのさざめきのなか、花のようなドレス姿のK様がしずしず現れます。

 実際、彼の東洋的な繊細な美貌に、ほかの客たちもスタッフも唸っていました。

 貴族たちが次々、踊りに誘いますが、シンデレラは断ります。

 やがて、ファンファーレが響き渡りました。王子登場です。
 貴族たちが道をあけて身をかがめる中、コンラッド王子が進んできます。

 その時、男たちの野太い声が響きました。

「キャー、王子様よーっ!」


12月6日 キアラン 〔未出・マギステル〕

 王子は一団の毛深い貴婦人たちに取り囲まれました。女装サロンの雄々しき貴婦人たちです。

「サー・コンラッド! こんなとこにいたなんて!」

「今夜は逃がしませんことよ!」

「みなさん、拉致するわよ!」

「え?」

 貴婦人たちは彼の手足をつかむと、引きずるように広間から連れ出してしまいました。

 スタッフたちもポカンと見送っています。わたしはすかさず言いました。

「兄上に、アクシデントがあったようなので、第二王子であるわたしが代行を務めます」


12月7日 キアラン 〔未出・マギステル〕

 わたしはK様の前に進み出て、時代がかったお辞儀をしました。

「踊っていただけますか」

 K様もあ然としていましたが、手を出しました。

「ア、ハイ」

 それを合図にロンドが鳴り響きます。まわりの貴族たちも貴婦人の手をとって踊りだしました。

「ね、ちょっとアレ」

 シンデレラがささやきます。

「いいんです。みなさん、サー・コンラッドのファンなんです」

「でも、進行が」

「フレキシブルなんですよ。そのへんは」

 その時でした。二の腕に強い指がつかみ、引っぱられました。


12月8日  キアラン 〔未出・マギステル〕

 仮面をつけた背の高い貴婦人が、わたしの腕を掴んでいました。

「踊ってくださる? 殿下」

「え、あの――」

 いいとも言わぬうちに、引き剥がされ、手をとられてしまいました。

「ちょっと、あなた」

「いいから来い」

 踊りつつ、輪から抜けていきます。ついに手を引っ張られ、広間を出てしまいました。控えの間に連れ込まれます。

「あの、失礼ですが」

「ああ、失礼千万だ。ごめんなさいね。その衣装を脱げ」

 貴婦人は仮面をとりました。K様の思い人――ハルキ・タカトウでした。


12月9日 キアラン 〔未出・マギステル〕

 わたしは嘆息し、

「遊び飽きたおもちゃでも、取られるとなると惜しいですか」

「飽きちゃいない。おれはどのおもちゃも飽きないし、捨てないんだ」

 彼はドレスを脱ぎ、わたしの衣装を剥ぎ取りました。王子の衣装に着替えます。まったく呆れた男です。

「あのバカ犬、またヒステリーを起こしたから放っておいたんだ。マギステルがキミだと聞いて、あわてて飛んで来た」

 彼は笑いました。

「キミ相手だと遊びじゃすまなくなるからな」

「……」

 この男が主人だとかなわないなと思いました。


12月10日 キアラン 〔未出・マギステル〕

 ハルキが去った後、わたしは適当な召使の衣装をつけ、広間に戻りました。

 シンデレラは壁際のイスにすわり、向かいの男を睨んでいます。向かいの男、ハルキ王子がシンデレラの手にキスをしようとしています。

 シンデレラの拳がその頬に殴りかかります。が、すんでのところで王子がその手を掴み、ねじあげました。

 シンデレラのわめき声。王子はシンデレラを肩にかつぎあげます。足をバタつかせてわめくシンデレラをかつぎつつ、王子は広間を悠然と去ってゆきました。


12月11日 キアラン 〔未出・マギステル〕
 
 K様は予定をキャンセルし、急遽、帰国されました。

 バーでひとりで飲んでいると、サー・コンラッドが隣に座りました。

「ここはスタッフ専用ですよ」

「規則を変えろ」

 わたしとサー・コンラッドはしばらく黙ってビールを飲みました。わたしは彼に聞きました。

「ホントにあの子に惚れてたんですか」

「……うん」

「惚れっぽいなあ。その主人が好きなんじゃなかったの?」

「病気なんだ、おれは。そっちはどうなんだ」

「わたしは惚れるのが仕事なんで」

 彼はほろ苦く笑いました。


12月12日 ルイス 〔ラインハルト〕

 最近、妙にお客から誘いを受けるようになった。

 気安い客が増えたのかと思っていると、スタッフですら、おかしなことを言ってくる。

「アキラとまだつきあってんの?」

「飯まだ? なら、おれの部屋にこないか」

 なぜか、プレゼントもよくもらう。困惑してしまう。

 あんまりモテるほうではなかったから、いちいち断ったり、ヒモのついているプレゼントをもらうのは気が重い。

 ラインハルトにいうと、

「もらっとけもらっとけ。え? ヒモ? そんなの見えないよ」


12月13日 ルイス 〔ラインハルト〕

 不思議だ。しかも、なんか可愛がられる。

 お客が調教中に、

「君はとってもキュートだ」

「ハンサムだね。モテるんだろ?」

 犬までが、「ルイスさんは美男だから」みたいなことをいう。
 美男なわけないだろ! 

 あげく船長までがヒトの尻をたたき、

「ルイス、セクシーだねえ。むらむらする。フェロモン香水でも振ってんの?」

 ……そんなもん振ってません。どうしたんだ、世の中。

 さらにおどろくことがあった。前つきあっていたステフがやってきた。

「ルイス、金を返すよ」


12月14日 ルイス 〔ラインハルト〕

 おれはあまりのことに、開いた口がふさがらなかった。

 ステフはおれと別れてから、ずっと金を貯めていたらしい。

「おまえに捨てられて、目が醒めたんだ。恥ずかしかった。ずっと見ないようにしていたけど、やっぱり返したほうが気分がいいと思ったんだ」

 おれはやったものだ、と思っていたので気後れした。

「これは、その、寄付に使えば? おまえの好きな慈善団体に」

「いや、おまえの金だ」

 ステフは受け取らなかった。

「おまえの働いた金がおまえの手元に戻っただけだ」


12月15日 ルイス 〔ラインハルト〕

 星回りでもいいのだろうか。金は返ってくるし、ものはもらうし、モテるし、何かとラッキーなことが続く。

 裏街道人生のおれにとっては異常事態だ。落ち着かない。神がこれからおれを突き落とそうと待ち構えているのではないか。

 ……といって、こんなつまんないことはなかなかヒトに言えないもんだ。そんなことをぼんやり考えていると、ラインハルトがわめきだした。

「おれの、この、デスクの上! なんとかしてくれよ! 仕事できんだろ!」

 彼のデスクの上はいつもプレゼントが山積みだ。


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